「プルーストは正しい」(吉田秀和)
今回はボナペェティさんです。フランス語で「召し上がれ」という意味だそうです。
とても感じの良いご夫婦でなさっておられるお店です。
いわゆる洲崎内にあります。木場公園の少しだけ南東側の地域ですね。洲崎については以前に14号で書きましたが、歌川広重の「深川洲崎十万坪」に描かれるほど有名な場所ですね(当時と範囲は多少異なっているようですが)。
その洲崎にボナペェティさんが戻ってきました!
店内もよりシックになって。




「戻ってきた」と言うのは、ボナペェティさんは閉店されていたのです。
ご事情が有り、致し方なくその判断をされたようです。
でも、数多くの皆様の熱意の答える形で再開してくださいました。
「失われた時」(プルースト「失われた時を求めて」)が、戻ってきたのです!
では、少しだけですがそのパンたちのご紹介。
イギリスパン

何の変哲もないイギリスパンだとお思いですか? ところが凄いんです(個人的感想ですが凄いと思います)。
この全体に均一に広がる繊細きめ細やかな気泡をご覧ください。

ボナペェティさんのパンは、柔らかく食べやすいのですがその弾力が、とても魅力的なのです。優しいのに強く跳ね返してくるという感じです。それが、この繊細な気泡のためではないかと思います。
その特別な気泡が作られるのは、おそらく以下の理由によるのではないでしょうか。
・一次発酵の見極め
・その後のパンチの工程
パンの焼き色はお店によって当然異なりますが、その色はパン生地の糖化によって決まるそうです。そして、その糖化は発酵度合によって決まるそうです。つまり、生地をどの程度発酵させるかによって、そのお店のパンの味が異なるのです(発酵には二次発酵もあります)。
さらに、その発酵によって生まれる気泡の量と具合も当然この一次発酵の程度によって異なってきます。
そして、一次発酵の後に行うパンチと言うとても神経を使い、細やかさが求められる工程があります。その工程は、発酵で生じた気泡そのものである炭酸ガス、そしてアルコールを適度に抜き(他の意味合いもあります。グルテンの生成とか)、どのような「膨らみ」をパンに与えるかを左右する大切な作業だそうです。
いつ一次発酵を止めるのか、パンチの方法や具合はどの程度にするのか、それら複数の工程の練度がボナペェティさんは素晴らしいのではないでしょうか。
その素晴らしさが、繊細かつ柔らかくも力強い独特の弾力あるパンを生み出しているのだと思います。
そして、その見極めと工程によって生み出されるのは弾力ある柔らかさだけではありません。上に書いた「焼き色」に関係する糖化も絶妙なので、いわゆるミミの部分もとても美味しいのです。
ミミの美味しいパンは本当の良いパンです。
実際、サンドウィッチ類に用いたパンの切れ端だと思いますが、ミミも販売しておられます。無駄を無くすとっても良心的なことだと思いますし、美味しさへの自信の表れだとも思います。
バゲット(フランスパン)
1.1-1024x574.jpg)
イギリスパンを紹介したからにはフランスパンも。このバゲットは本当に食べやすいです。一般的なバゲットよりかなり柔らかめなのですが、ふだんに食べるにはこの位がとってもいいのではないでしょうか。
でも、しっかりと正統派。小麦の香りと塩味がしっかりと立っています。
そして、やはりバゲットなのに切り口を見ると大雑把な気泡ではありません。イギリスパンと同様、細やかな気泡がまんべんなく広がっているのです。だから、とても食べやすいのだと思います。
このハイレベルは何なのか?その理由は?
何とこちらのご夫婦、フランスは名門のル・コルドン・ブルーで学ばれたそうです。帰国後も日本のル・コルドン・ブルーで講師を務めておられたほどの超実力者。どうりで!このハイレベルは当然ですね。
でも、お二人とも気取ったところは全くありません。とても優しく気さくなご夫婦です。
その優しさは、これを見ればド~ン!
ヒレカツサンド

見よ!このボリューム。お客様派への優しさと愛が溢れています。いやっ、溢れすぎています!
カツサンドと言うとその濃い味のソースでごまかしているお店が多いのですが、こちらはそのようなことはありません。薄味仕立てで肉の味を楽しむことが出来ます。
そして、お値段が安い!いやっ、安過ぎる!大丈夫デッカ?
このボリューム抜群のカツサンドの他にも調理パンがたくさん!
そしてみんなとっても美味しいのです!総菜自体もそうですし、パンとの相性もバッチリなのです!
だから早くしないとすぐに売り切れてしまいますよ~!

バジルベーコン

何と言うんでしょうか。安心して食べられるホッとした感じがします。バジルは強すぎることなく全体になじむ香りです。織り込まれたベーコンの油脂、まわりの程好い香りのチーズとマッチ。個性を無理やり出そう、目新しいものを作ろうという感じを出さずに安心感を持って食べられます。
フロマージュ(ハーフサイズ)
-1.1-1024x703.jpg)
こちらのお店で決して忘れてはいけないフロマージュです。知る限りではかなりの数のファンがいらっしゃいます。周りのほんの少し焦げたチーズ。そして中にゴロゴロと入っているチーズ。チーズパン好きのあなたを虜にします。と言っても、このフロマージュも手が込み過ぎていないので、毎日普通に食べられるパンです。
甘パン系も充実しています。
かぼちゃ

スウィーツのように見えますが、立派なパンです。スパイスがほのかに香るかぼちゃクリームも美味しいのですが、このパン生地が魅力的。やはり細かな気泡が全体に広がり、柔らかいのに跳ね返してくる生地です。
メロンパン

これも正統派のメロンパンです。13号(たむらパンさん)にも書きましたが、本当のメロンパンとはメロンの味も香りもしないのです。パン生地自体で勝負するボナペェティさんにはふさわしいと思います。
アンズ

カスタードクリームがアンズの下に敷かれていますが、甘さが極限まで抑えられています。つまりインパクトをわざと与えるのではなく、毎日でも食べられる作りです。
クランベリーとクリームチーズ

酸っぱいクランベリーがたまりません。パイですがバターのしつこさの無い爽やかなお味です。やはり、いつでも毎日でも食べられる作りです。
ソフトミルクフランス

これもやはり忘れてはいけないパンです。過去の嬉しい記憶をよみがえらせるには必需品です。バターたっぷりの練乳を包むのは、ボナペェティさんのフランスパン。これだけで郷愁を呼び起こすミルクフランスは完成です。
滑らかでコクのあるクリームと食パンよりは硬めでありながらも柔らかめのボナペェティさん生地。ミルクフランスはこうでなければ。
「プルーストは正しい」。サントリーホールの階段を降りている時、突然よみがえってきた記憶についての文章を音楽評論家の吉田秀和はそう書き始めています。
一時はやむなく閉店されたボナペェティさんですが、そのパンの気質ともいうべきものは不変でした。その記憶は違うことなくよみがえりました。
今の私たち自身というのは、何か衝撃的な過去のことばかりで形作られるというよりも、毎日の何気なくたわいない、でも決して忘れてはいけない何かによって積み重ねられて作られていったというほうが真実ではないでしょうか。プルーストが小説「失われた時を求めて」で書いていたのはたぶんそのようなことではないでしょうか(知らんけど・・・)。
プルースト効果(香りによって過去の出来事を思い出すこと)という言葉もありますが、ボナペェティさんの変わらないパンの香りとお味は、過去と今を糸で紡いでくれるかのようです。
衝撃的というお味ではないかもしれません。流行りのブーランジェリーのようなお店でもないかもしれません。
それでも、いったんは閉店されましたがお客様とお店を繋ぐ糸を過去から今に至るまで紡ぎ続けてきてくださいました。そして、それはずっと皆さんの日常の生活ともいうべきものと絡んできました。
その何気なくたわいないと感じるかもしれない日常の糸は、大げさに表現していくと、螺旋を描きながら過去へと飛ぶようにつながっていき、やがては「深川洲崎十万坪」で描かれた鷲の目で、この地に生きてきた老若男女の時間の流れを見ていくような感覚に私たちを陥らせる・・・、かもしれませんね。
でも、そんな日々の生活に溶け込むパン屋さんって素敵なんです。
ボナペェティさんは、まさにその素敵なパン屋さんなんです。
あっ、忘れてました! いやっ、思い出しました。これをご紹介しないわけにはいきません!
コーヒーゼリー

パンではないんですが、このコーヒーゼリー凄いです!私が食べたコーヒーゼリーの中でナンバーワンです!絶対!本当に美味しいんです(個人的意見ですが)。
以前は、このクリームもお店で販売しておられた岩手県のたのはた牛乳で作っておられたのですが・・・。再開されてからは違うそうです・・・。それだけが残念。でも、本当に美味しいです!
パン工房ボナペェティ
住 所:江東区東陽1-15-7
営 業:火曜日~金曜日
AM7:00~売り切れまで

それでは失礼いたします。
「もっとお米を食べようね社」